AirPodsを右耳用だけ無くした。
23時、仕事を終え、急いで電車に乗り込む。
空席を見つけ、リュックを前にして座り、一息つく。
リュックの小さいポケットのチャックを開き、「いつものところ」に入っているAirPodsを無意識に取り出した。
左親指で蓋を押し上げ、中を覗くと、右側にだけ、大きな穴が空いている。
そこにいるべきだった彼は、彼とそっくりの空洞をそこに残し、すっかりと消えていた。
リュックを隈なく探し、人目も気にせず、ポケットを漁った。
「ない」
家に忘れたわけではない。
朝、YouTubeで「雷獣」を見ながら出勤した。
最後に彼を見た記憶を辿る。
そういえば、昼にAirPodsをつけてラーメンを食べに行った。
店員に「カタメコイメオオメ」を伝える時、片耳だけ外したかもしれない。
こういうとき、外すのは決まって右耳だ。
たしかに、そのあと、AirPodsを自分の右耳に戻した記憶はない。
その場で外した右耳をそのままどこかに置き忘れてしまったか。
これで事件解決か?
いや、待てよ。
このタイミングで右耳のAirPodsを無くした可能性は大いにあり得る。
しかし、左耳をケースに戻す際、気づくのではないか。
ケースを開いて、左耳だけを収納し、満足するはずがない。
今、ケースを開いてみても、明らかに不自然で、気づかないわけがない。
他に思い当たる節がない。
もうこの文章を「皆さんは、なぜだと思いますか?」で終えようと思った。
ここまで書いていた記事を下書きに保存して、とりあえず、インスタグラムを開いて時間を潰した。
ただ、ここまで読んでくれた皆さんの期待を裏切ってはダメだと思い直し、再考することにした。
あまり考えたくないが、会社内で盗まれた可能性もあり得るのではないだろうか。
仕事中、リュックは、デスクの隣においてある。
トイレや部屋を移動する際に、いつでも盗む隙はあるのだ。
ただ、不可解なのは、右耳だけ盗むメリットが犯人にあるだろうか。
謎に包まれたこの事件は、とうとう迷宮入りかと悲しみながら、電車を降り、最寄り駅から家まで歩いた。
家につき、着替えをするために、寝室の照明をつけた。
ベッドの横に、彼が転がっている。
全てを思い出した。
YouTubeの履歴を見る。
そこには、昨日の夜、見ていた雷獣の動画が最新履歴として残っていた。
そういえば、今日のランチに食べたのは、海鮮丼だった。ラーメンではない。
昨夜も帰るのが遅くなり、ベッドの上でAirPodsをつけてYouTubeを見ていた。
ウトウトしながら、なんとか、ケースにしまったと思っていたが、左耳しか収納できていなかったようだ。
それを一日中、持ち歩き、帰り道になって初めて気づいただけだった。
無くしていたのは記憶だった。
ここまで付き合わせてしまった皆さん、申し訳ございませんでした。
苦情については、記憶を失うほど過酷な社会の方まで、よろしくお願い致します。
短歌集も覗いてみてね▼